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最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)30号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人佐藤一馬上告趣意第一點は『原判決は憲法違反である憲法第三十八條第二項によれば「不當に長く抑留若しくは拘禁された後の自白はこれを證據とすることが出來ない」旨を規定してゐる證據となすべからざるものを證據として判決を下すことができないこと勿論である被告人は昭和二十一年十一月十八日川崎警察署に留置されて以來昭和二十二年六月三日小菅拘置所を保釋出所する迄の間約六月半の長日月拘禁されその間の取調べの結果自白したものである證據とされてゐる相被告人等の供述も亦略々右と同斷である以上により原判決は破毀を免れ難い』というにある。

よって、記録を調査すると、被告人が昭和二十一年十一月十八日に川崎警察署へ同行引致されたこと、同年十二月二十三日に勾留状を執行されて翌二十二年六月三日に保釋されるまで引續き拘禁されたこと、原判決の證據として引用された被告人の自白が右保釋の日である昭和二十二年六月三日の第二審公判廷でなされたことはいづれも明かであるが、被告人が川崎警察署へ同行引致された日から勾留状を執行された日まで抑留されていたかどうか、被告人の第二審公判廷における自白が勾留中になされたのか、保釋後になされたのかは、記録上これを明かにする證據がない。假りに論旨に主張するとおり被告人の利益に判斷すると、所論の被告人の自白は六ケ月十六日の拘禁の後になされたこととなる。そこで、右の自白が不當に長く拘禁された後の自白であるかどうかを判斷するに、本件犯罪がわずか三個の窃盗行爲に過ぎないことから見れば、これを肯定すべきが如くであるが、被告人は最初昭和二十一年十二月十一日に警察官の取調べに對して自白して以來、翌二十二年二月十三日の第一審公判廷及び同年六月三日の第二審公判廷においても終始一貫して自白していること、本件には被告人の外に數名の共犯者があってその取調べに相當の日時を要したこと、第二審公判期日が被告人又は辯護人の不出頭等のために變更された後前記六月三日の公判期日に到って公判が初めて開廷審理されたこと(以上は記録上明かな事実である)、ならびに、現時の種々な惡條件の下の制約殊に本件處理の當時下級審裁判所には刑事々件が輻輳したのに反して職員に缺員の多かったこと(以上は裁判所に顕著な事実である)等の事情を參酌すると、被告人が拘禁されてから原審公判で保釋されたまでの期間は、これら特殊な情態の下においては本件の審理に必要であったものと認められるのであって、所論の自白は不當に長く拘禁された後の自白に該當するものということはできない。されば、右の自白を證據として引用した原判決は、憲法第三十八條第二項に違反することなく論旨は理由がない。

同第二點は『原判決は擬律錯誤がある本件犯罪は前科にかゝる犯罪の執行猶豫期間中になされたものであるが起訴は期間經過後になされてゐる前犯罪行爲の時から本件犯罪行爲迄の期間を算定すれば勿論執行猶豫期間過ぎとなる之を如何に解すべきかは多く議論もあり判例もあるが人權尊重の憲法の趣旨から考える時能うる限り被告人に利益に解するを至當と考える果してそうとするならば起訴の時を標準として執行猶豫期間内なりや否やを考慮すべきである原裁判所が多くの判例に從って行爲の時を標準として判決を下しておることは明らかであって擬律錯誤ありと云うべく破毀は免れない』というにある。

しかし、原判決は所論の點に觸れてなんら判斷しておらず、又判斷すべきものではないのであるから、原判決には擬律錯誤を生ずる餘地はなく、論旨は全く理由がない。

同第三點は『原判決は刑の量定甚だしく不當なりと思料せらるゝ顕著なる理由がある(一)被告人は窃盜の共犯にはなってゐるが見張り程度の所謂幇助的立場にあり犯罪に對して極めて輕い協力者に過ぎない(二)犯罪後改悛の情極めて顕著であり一審二審の裁判所に於ても或る點迄は之を認めてあるものと信ずる記録の上からも之を推知するに充分である(三)兄三浦積司の證言及其の他によるも家庭の者が如何に本人の爲に温情を以て接してゐるかその將來のために計らんとしてゐるかを知る(四)被告本人は病弱のため医薬と栄養料の費用に苦しみ遂に本件犯罪を犯すに至った動機は心から同情に堪えぬ(五)終戦後の混亂期に生活してゐる青年の一時的な過誤を餘りに追求することはそれ自信矛盾である被告人はむしろ戰犯指導者による被害者であって国家は之を援助すべき責任がある(六)以上の諸點を併せ考うる時重きに過ぎる顕著な事由ありと信ずる殊に執行猶豫中になされたものとの解釋によれば前の判決も當然併せ執行されるわけであり刑事政策上からも充分考慮の上判決がなされて然るべきであるから第三點の趣旨は之等一切を含めてみて原判決を破毀せらるべきものと確信する』というにある。

日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十三條第二項によると、憲法施行の日から刑事訴訟法第四百十二條の規定はこれを適用しないのであるから、所論のような事由を上告の理由とすることはできない。

よって、裁判所法第十条但書第一號、刑事訴訟法第四百四十六條により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 三淵忠彦 裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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